チェンナイ市内の被害状況




その時原発は


home戻る


今だから信じられる2004年スマトラ沖地震による津波の被害状況(1)

インドネシア、スマトラ沖地震のインドへの影響
   

 
チェンナイの日曜の朝、、浜辺で遊ぶ子供達がいきなり襲った津波で大人や子供達、海岸で暮らす漁師達が被害をうけた。大人たちとはマリーナビーチに車で訪れ涼しい朝のジョギングする実業家や会社役員の方が多かったことが悲しみを拡大させた。、

Chennai市内から南へ80Kmにある原子力発電所も津波の被害を受け、緊急停止をした。施設内(5人死亡)での被害状況は。



今だから信じられる2004年スマトラ沖地震による津波の被害状況(1)


このページは2004年に当HPに掲載したものであり、その後HPから消えたものであるが再度掲載することにした。当時は大げさな、、なんていわれたが、今なら信じられるのであろうか。

私達はこの津波から何かを学んだのであろうか? それとも対岸の火事のまま忘れ去ってしまったのであろうか?

  namasuteindia.comでは、20万人の死者と1000万人の被災者を記録した1999年のサイクロンによる高波の被害も掲載していたが、だれにも信じてもらえず非常に寂しい思いをした経緯もある。 内容を見る(工事中)


スマトラ沖地震のインドでの被害状況:

12,407人が死亡及び、行方不明者は1万人以上と伝えられ、負傷者数は不明である。アンダマン諸島・ニコバル諸島では人口約3万人のカール・ニコバル島をはじめ、一時全島が水没した島が数十あったとの情報もある。(資料入手先:wikipedia)
息を呑むようなWikipediaの資料もぜひリンクから読んでほしい。

以下は当時の速報より抜粋:

津波の島から脱出、空港窓口大混乱 インドのリゾート地

スマトラ沖大地震による津波が襲ったインドのリゾート地、アンダマン・ニコバル諸島のポートブレア空港が28日、島から脱出しようとする旅行客で大混乱に陥った。

 AFP通信によると、同空港からの出発便は1日に9便ほどで、計約1000人を乗せる。限られた座席を求めて旅行客が空港の窓口に押しかけ、怒声が飛び交った。

 津波で破壊されたホテルは閉鎖され、あるホテルの支配人は「水も食料も電気もない」と話した。この日、海面が突然上昇したといい、人々はまた津波がくるのではないかとおびえたという。

 同諸島は津波で約3000人が死亡したほか、さらに3万人が行方不明になったとの情報がある。

(12/29 02:58)


印領アンダマン・ニコバル諸島から軍用機に乗って避難する津波の被災者たち=AP

地震10分後に津波、島全体をのむ カール・ニコバル島

スマトラ沖大地震の大津波を受けたインド領アンダマン・ニコバル諸島の様子の一端が28日、3万人が行方不明といわれるカール・ニコバル島から前日ヘリコプターで救出された同国空軍兵士や妻らの証言で明らかになった。チェンナイ市内のタンバラム空軍基地で聞いた。

 26日午前6時半(日本時間同10時)に起きた地震の揺れは激烈で、コンクリート2階建ての住宅や道路に亀裂が走った。約10分後、津波が東側から襲った。軍関係者住宅は海岸から3キロほど内陸の最も高い所にある。波は建物の2階の高さに達した。上官が住む平屋住宅はすべて水没。半壊状態だった建物は次々に波にのまれて崩れた。

 3、4時間後に水がひき始めた。軍人と家族は最も高い軍のヘリポートに移動。1台だけ残っていた軍車両の無線で救助を求めた。同島の人口は推定3万人。住民が多い東部海浜の集落は津波の第1波で流失したようだ。「島の東半分は壊滅状態なのではないか」と軍曹の一人。軍関係は1000人弱が住んでいたようだが、「軍人の妻子の過半数は行方不明」という。

 日曜日の早朝、震源に近く、ただちに津波が襲った。「逃げ遅れた人が多い」と海軍関係者。インドのメディアは「約1万人が死亡した可能性がある」と報じている。

(12/29 02:58)

スマトラ沖大地震とインド洋津波の死者は発生から3日目の28日、約5万1000人に達した。各国政府関係者らに確認したロイター通信などの集計で、前日と比べて2.3倍に増えた。津波による災害では観測史上、最悪の規模だ。被災地では、水や食料の不足、伝染病などへの懸念が深刻化。国際機関や主要国などが支援物資の緊急輸送を始めたが、通信や交通網が寸断されたままで、救援活動は遅れている。

 インドネシアでは孤立した地域などで捜索が本格化し、政府推計も含めて1万2000人増えた。スリランカでも7000人、インド5000人など、新たな死者数が報告された。スリランカでは、商都コロンボから南部のガールに向かっていた列車が津波に流されて転覆し、乗客1000人が死んだことが分かった。タイではプーケット島周辺の観光地を中心に犠牲者数が2倍近く増えた。

 死者総数は1883年、インドネシアのクラカトア火山噴火による津波で3万6000人が死亡した災害を上回り、最悪の事態となった。各国政府は今後も増えるとの見通しだ。

 インドの主な被災地では、がれきの中から遺体を運び出す作業が28日も続いた。屋外に仮設した安置所に遺体が運ばれ、集団埋葬用の穴に埋めているという。遺体は暑さで腐敗が進みやすく、衛生環境は悪化するばかりだ。マラリア、腸チフス、下痢症など感染症の発生が懸念されている。

 震源に近いインドネシア・スマトラ島のバンダアチェでは、水道や電気、電話が全面的にストップ。食料不足も深刻だ。住民は余震や津波の再発を恐れて避難する人も多く、疲労ぶりが目立つ。地元自治体などは数百人規模で散乱する遺体を埋葬しようとしているが、作業ははかどらない。腐敗が進み、伝染病の懸念が強まっている。現地を視察した同国のユドヨノ大統領は28日、「島の西部で道路が寸断し、住民が孤立状態に置かれている。正確な被害状況も分からない」と述べた。

 国連によると、世界の20カ国以上が輸送機数百機を被災国に急派し、衛生分野などを中心にした緊急支援物資を供給する計画という。

(12/29 01:16)
27日、スリランカのガールで、がれきが埋め尽くす道路を歩く市民たち=AP

インドネシア・スマトラ沖地震・津波の死者は、国際赤十字社の集計で約2万4000人になった。被災者は数百万人に及ぶとみられる。死者はインドネシアだけで2万5000人に達する恐れがある。3万人が行方不明との情報もあるインド領アンダマン・ニコバル諸島の状況と合わせると、地震・津波による死者は7万人を超える恐れも出てきた。

 被災地の捜索の本格化とともに、犠牲者数が急増の兆しをみせている。インドネシアのカラ副大統領は27日夜、「正確なデータはないが、(インドネシアだけで)2万1000〜2万5000人が死亡した」との見通しを明らかにした。スマトラ島北部の被災地メダンを視察後、地元メディアに語った。政府はこれまで約5000人としてきたが、震源地に近い遠隔のナングロアチェ州の実態が次第に判明してきた。

 3万人の行方不明が伝えられているインド領アンダマン・ニコバル諸島では、地元行政官が「五つの村が流された。島にある空軍基地も被害に遭い、兵士や家族が死亡した。何万人もの行方が分からない」と話す。インド政府は海軍を「戦時体制」におき、25の軍艦や軍用機で医療品や救助隊を被災地に運ぶ予定だ。

 アフリカでも、新たにタンザニアで「少なくとも10人が死亡した」(警察当局)という。ソマリア暫定政府の報道官は、「沿岸部全域で大きな被害が出た。死者が数百人にのぼるおそれもある」とした。同国には91年から中央政府が無く、発足したばかりの暫定政府も隣国ケニアで活動している。被災者の救済機関もないことから、暫定政府は国際的な緊急支援を強く要請中だ。

 一方、国際赤十字社・赤新月社連盟は27日夕、各国赤十字などの調べを集計し、インド洋沿岸諸国を襲った地震・津波による死者が2万3700人に達したと明らかにした。スリランカが1万2000人、インド6000人、インドネシア4700人、タイ840人など。行方不明者は約5000人という。このほかスリランカでは家を失った人が20万人、避難者が100万人以上にのぼる。被災者の総計で正確な数は不明だが、数百万人に達することもあるとみられる。

(12/28 11:39)

 
津波2波、ホテル倒壊 スマトラ沖地震で目撃者証言

 「潮が遠く、遠く、遠く引いていった。満月のときの干潮かしらとみんなが不思議に思っていると、『水の壁』が押し寄せてきた」――タイ・プーケット島のパトンビーチで大津波に遭遇した女性はそう語った。インドネシア・スマトラ島沖の震源から6千キロ以上離れたアフリカ東岸まで到達した津波の姿を、本紙の取材や外国通信社電などから再現する。

 波が引く「予兆」は震源地近くのスマトラ島北端のナングロアチェ州でも起きた。ランチョク村に住むズルハムさん(35)は26日午前8時(日本時間同10時)すぎの余震の直後、「沖に引いていた海水が一気に押し寄せ、3メートル以上になった」と話す。

 同10時ごろ、約600キロ離れたプーケット島のバンタオビーチにいた東京都内の女性(41)も「カニや魚が置き去りにされた」という。沖合の海の色が茶色に染まるのを目撃した人もいた。

 専門家によると、津波は大洋を渡るとき時速700キロ以上に達する。

 同島の建設作業員シダさん(32)は「1度目は5メートル、2度目は10メートルの高さがあった」と証言する。

 バンコク在住の会社員二村浩高さん(43)は、同島の北約60キロのビーチで、バリバリバリという音とともに「20メートルの高さの濁流のような波」を目にした。海側に点在するコテージの壁や屋根がめくれあがっていた。「竜巻か」と思ったが、次の瞬間には「逃げられない」。とっさに子供2人に浮輪をかぶせ、両脇に抱えた。

 ピピ島に滞在していた都内の会社員三浦真樹子さん(30)は、ホテルの4階にいて、約6メートルの高さの下の階まで波が来るのを見た。同島のホテル従業員は「津波はあちらからもこちらからも押し寄せ、島の中心近くでぶつかり合った」と話した。

 マレーシア・ペナン島沖で漁をしていたジャミールさん(54)は陸に向かう白波に気づいた。

 「とても美しいが、普通の高さじゃない」と息をのんだ。3〜4波に分かれて津波が同島を襲った。

 スリランカでも、同国南岸のハンバントタ付近に2波が押し寄せ、ホテルなどを倒壊させた2波目は5メートル近くの高さに達した。震源と反対側の西岸に面した保養地カルタラでも2.5メートルの高さになったという。

 「ゴーッ」「オーッ」「爆弾の破裂音」。海岸にいた人々は、津波の音をさまざまに表現する。「海を見慣れた住民はすぐに逃げたが、海水浴客は尋常でない波に見とれていた」と逃げ遅れた原因を話す人もいた。

 スリランカのコロンボでは「津波を見よう」という見物客が波打ち際に集まった。現地の男性は「穏やかだったのでそのまま泳いでいると突然大きな波をかぶった」と語った。 (12/28 00:17)


 
阪神大震災の1600倍の規模 スマトラ沖大地震

 スマトラ沖大地震のエネルギーが阪神大震災の約1600倍に達していることが28日、気象庁の分析でわかった。米ハーバード大学が、地震を起こした断層の動きから求めたエネルギーをもとに計算した。

 地震の規模を示す指標のうち、断層の大きさやずれた量などから計算するマグニチュードは、ハーバード大の解析によると今回の地震が9.0、阪神大震災は6.9となった。同庁が、これを算出する根拠となったデータからエネルギーを解析したところ、阪神の約1600倍となった。

 気象庁が公表している阪神大震災のマグニチュード7.3との比較では約360倍だった。

 今回の地震は、いろいろな周期の地震波を観測できる地震計のネットワークができて初めての巨大地震だったこともあって、地震の規模の算出が観測機関で異なったり、新しいデータが入って刻々と変わったりした。

 気象庁は、発生直後に「日本への津波の影響はない」とした地震情報で、ハワイにある太平洋津波警報センターの速報値をもとにマグニチュード8.0と速報。各機関が引用することが多い米地質調査所は8.5、8.9などと修正が続き、現在は9.0。一方、東京大地震研究所は8.8と算出している。

 気象庁は「解析担当者らも、これほど巨大な地震は初めての経験でとまどったのだろう。精査が進めばまた別の数値が出てくる可能性もある」と話している。

(04/12/28)

 
地球3周の地震波を観測、長野で気象庁 スマトラ沖地震

地震から一夜明けた27日、インドネシア・スマトラ島のアチェ州の海岸では、津波の傷跡が残っていた=AP
地震から一夜明けた27日、インドネシア・スマトラ島のアチェ州の海岸では、津波の傷跡が残っていた=AP

 スマトラ島沖地震で気象庁は、長野市にある精密地震観測室が地球を3周する地震波をとらえたと発表した。何周も回った地震波をはっきりとらえられるのは珍しく、今回の地震の巨大さが裏付けられた。

 同庁によると、26日午前9時58分ごろ(日本時間)に発生した本震の地震波が北東方向に地表を進み、長野市に午前10時20分ごろ到達。2周目は午後0時55分ごろ、3周目は午後3時30分ごろに観測された。震源から南西方向に進んだ地震波は、1周目は正午ごろ、2周目は午後2時40分ごろに到達した。

 山本雅博・地震津波監視課長は「巨大地震だったので数年単位で余震は続く。しばらくはマグニチュード8クラスの余震の恐れもあり、余震による津波への注意も必要だ」と話した。 (04/12/28)

今だから信じられる2004年スマトラ沖地震による津波の被害状況(2)へ続く